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目の見えない人は世界をどう見ているのか  伊藤亜沙著

仕事帰りに白い杖を持った40歳前後の男性に良く出会います。
お仕事帰りだと思います。
その方にお会いすると、音がしないように横によけて障害物がないか確認し、横断歩道を渡られるときは見守ります。
今まで一度だけ声を掛けました。
道の真ん中から屋根にかけられた梯子に向かって、歩かれていたからです。
しかし他の時は、問題なく歩かれています。

私には想像のつかない世界観の中で過ごされているのでしょう、きっと。
どんな感じなのかとても興味がありました。

そんな時見つけたのがこの本です。
盲目と言っても、生まれたときからの全盲、途中から見えなくなった人、うっすら影の見える方色々です。
現在の社会は見える人優先で作られているので、生きづらさを感じつつ生活してらっしゃるのだろうと想像していました。
勿論そういう方もいらっしゃいますが、その世界の中でできることをどんどんクリアして楽しんでらっしゃる方もたくさんいるのです。
ブラインドサッカーやバスケットボールなど。
また2次元の絵でさえ、見える人と絵について語り合うことで鑑賞できるのです。
絵に描かれている空についても青の一言ではなく、冬空のようなくすんだ青と説明したり、質問したりすることで楽しめます。

生まれたときから全盲の方の世界観は、想像を超えたものでしょう。
そういう方と気軽に声を掛けあえる社会にするにはどうしたらいいのか?といつも思います。
でも社会を変える力はないので、まずは自分からですね。
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シャンシャン

シャンシャンに会いに行ってきました。
赤ちゃんパンダに会えるなんて、そうそう機会がないと思って。
覚悟はしていましたが、開園15分前に着いて待ち時間は約2時間。

2時間と言っても、少しずつ前に進みますし、並んでいる人たちのドラマを見ているとなんだか楽しかったです。
私たちのような中年夫婦。
子育てが終わり、二人で活動し始めたのでしょうね。
おばあちゃんとお孫さん。
暑いわねえ、と自分の帽子をぽいっとお孫さんの頭に。
ベビーカーの家族連れ。
赤ちゃんにはパンダは分からないけれど、一緒に写真を残せばいい思い出になりますよね。

2歳くらいの時に息子を連れて動物園に行った時のこと。
動物を見ずに鳩を負うばかり。
つわりのひどい中連れてきたのに、これなら近くの神社でよかったわ、と苦笑したこともありました。

子供さんを2人とお母さん。
お友達家族と並んでいます。
4年生くらいの息子さんが、泣きわめいています。
30分は泣いていました。
何かあったのでしょうね。
楽しくないからもう帰る!と。
お母さんが抱きしめてあげたら、子供は落ち着くんじゃないかな?
今ならわかるのですけどね。
お母さんと子供の意地の張り合い。
私もそうでした。

とそうこうしているうちに2時間が経ち、シャンシャン見学。
一列になり順番に歩を進めるので、あっという間です。
でもちょうど活動的だったので、ぬいぐるみが動くようでかわいい。
お母さんの上に乗ってみたり、木を椅子代わりにちょこんと座ってみたり。
思い切って行ってみて、良かった~
何とも言えず、愛くるしかったです。

森林公園 研修旅行

先日、所属しているマラソンクラブの日帰り研修旅行で森林公園へ。
10~80歳代までの約40人のバス旅行です。

ケイトウ畑が赤に黄にとてもきれいでした。
森林というだけあって、日陰の多い自然一杯のいいところでした。
夫はあいにく風邪で不参加。
アップダウンのあるきついコースでしたが、1周約10キロを辛くも楽しく走りました。

10~80代なので体力に差があります。
ウォーキングを楽しむ人、ウォーキングもそこそこにビールを飲み始める人、アスレチックで遊ぶ子、ゆっくり走る人や速く走る人、それぞれです。
でもお昼は全員集合して、乾杯~~~です。
私は飲めないのですけどね。

みんなそれぞれの事情を抱え、それぞれの環境に身を置いています。
でもそんなこと関係なく、参加できることの幸せを感じつつ楽しめるいい一日でした。

こうして、色々な世代の方と触れ合える環境が、とても居心地よくありがたいです。

走るのは多分苦手ですが、またこうして皆さんと一緒に出掛けるために明日からもランニングを続けます。

ナナメの夕暮れ  若林正恭著

またまた、お笑い芸人の若林さんの最近出版された本です。
芸人さんというのは、明るくて前向きな人ばかりかと思いがちですが、若林さんは冷めた目をもって生きづらさを感じて生きてきました。
何をしている時も、もう一人の自分が問いかけるのです。
そんなことをして何になるの?
そんなことをしたら笑いものになるのでは?などなど。
すごくわかります。

楽しいのだけれど、どこか冷めたもう一人の自分がいて問いかけてくるのです。
楽しいってどういうこと?と考え始めます。
そうすると楽しさが何かわからなくなり、結局楽しめなくなるのです。
啓発本にはたくさんのいいことが書いてあります。
でも頭ではわかっていることばかり。
それができないから読むのです。
分かっていてもできないから、苦しいのです。
同じでした、私も。

若林さんは年を重ねるうち少しずつ、心が開かれてきました。
そうなんです。
年を重ねると、もう一人の自分の力を弱めるすべを学習してくるようです。
自分が楽しめる方法を少しずつ見つけ出すようです。
自分の中にしか解放される方法はないのでしょうね。
縛られず自由になる感じ。

若林さんも完全に開放されたわけではないけれど、少しずつです。
そして私も。。。

おばあちゃんのところに行ってもいいかな

毎日、82歳の母と10分ほど電話で話します。
体は元気で、体操、フォークダンス、女性会、老人会と忙しく飛び回っています。
父、兄家族と一緒に暮らしていますが、孫たちも独立し大人四人で暮らしています。

知り合いの84歳の男性の老々介護の話をした時のことです。
『もうそろそろおばあちゃん(母の母)のとこ行ってもいいかな、と思うときがあるわ。
別に嫌なことがあるわけではないけれど、生きがいがあるわけでも未来があるわけでもないしね』と母。

驚き、焦りましたが、そんな気持ちも分からないではありません。
人のために生きる、人に必要とされている感覚が少しずつ減ってくるものでしょう。
私だってそうですから。
『分かる気はするけど、毎日、たわいもない話だけど、電話でお母さんの声聞くことで救われてるとこあるんやから、やっぱりもうしばらくはおばあちゃんのとこ、行くのはあかんわ』とわたし。

母は笑いながら『そうやなあ』と言っていましたが、寂しい時があるのでしょうね。
近くにいてあげられなくて本当に申し訳ないですが、一回でも多く母と電話で話したい。
ほんとにほんとに、心からそう思います。