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目の見えない人は世界をどう見ているのか  伊藤亜沙著

仕事帰りに白い杖を持った40歳前後の男性に良く出会います。
お仕事帰りだと思います。
その方にお会いすると、音がしないように横によけて障害物がないか確認し、横断歩道を渡られるときは見守ります。
今まで一度だけ声を掛けました。
道の真ん中から屋根にかけられた梯子に向かって、歩かれていたからです。
しかし他の時は、問題なく歩かれています。

私には想像のつかない世界観の中で過ごされているのでしょう、きっと。
どんな感じなのかとても興味がありました。

そんな時見つけたのがこの本です。
盲目と言っても、生まれたときからの全盲、途中から見えなくなった人、うっすら影の見える方色々です。
現在の社会は見える人優先で作られているので、生きづらさを感じつつ生活してらっしゃるのだろうと想像していました。
勿論そういう方もいらっしゃいますが、その世界の中でできることをどんどんクリアして楽しんでらっしゃる方もたくさんいるのです。
ブラインドサッカーやバスケットボールなど。
また2次元の絵でさえ、見える人と絵について語り合うことで鑑賞できるのです。
絵に描かれている空についても青の一言ではなく、冬空のようなくすんだ青と説明したり、質問したりすることで楽しめます。

生まれたときから全盲の方の世界観は、想像を超えたものでしょう。
そういう方と気軽に声を掛けあえる社会にするにはどうしたらいいのか?といつも思います。
でも社会を変える力はないので、まずは自分からですね。
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ナナメの夕暮れ  若林正恭著

またまた、お笑い芸人の若林さんの最近出版された本です。
芸人さんというのは、明るくて前向きな人ばかりかと思いがちですが、若林さんは冷めた目をもって生きづらさを感じて生きてきました。
何をしている時も、もう一人の自分が問いかけるのです。
そんなことをして何になるの?
そんなことをしたら笑いものになるのでは?などなど。
すごくわかります。

楽しいのだけれど、どこか冷めたもう一人の自分がいて問いかけてくるのです。
楽しいってどういうこと?と考え始めます。
そうすると楽しさが何かわからなくなり、結局楽しめなくなるのです。
啓発本にはたくさんのいいことが書いてあります。
でも頭ではわかっていることばかり。
それができないから読むのです。
分かっていてもできないから、苦しいのです。
同じでした、私も。

若林さんは年を重ねるうち少しずつ、心が開かれてきました。
そうなんです。
年を重ねると、もう一人の自分の力を弱めるすべを学習してくるようです。
自分が楽しめる方法を少しずつ見つけ出すようです。
自分の中にしか解放される方法はないのでしょうね。
縛られず自由になる感じ。

若林さんも完全に開放されたわけではないけれど、少しずつです。
そして私も。。。

バッタを倒しにアフリカへ   前野ウルド浩太郎著

若林さんと斉藤茂太賞を最後まで競ったという本です。

前野さんは子供のころから昆虫好きで、ファーブルを尊敬して大きくなりました。
サバクトビバッタを研究するようになり、博士号迄取りましたが就職がなく、アフリカのモーリタニアという国へへバッタの研究をしに行きました。
その時のことを書いた本です。

バッタがアフリカでは大問題。
500キロにわたって発生し、すべての作物を食べつくしアフリカに飢餓をもたらすのです。
やむを得ず殺虫剤を使うと人体へも影響を及ぼします。
ですがバッタの生態はあまり研究されておらず、前野さんが本格的に研究を始めたのです。

好きだという気持ちはすごい。
モーリタニアの言葉も文化も分からないまま、どんどんその地に受け入れられ失敗しても失敗しても、突き進んでいきます。
そして最後には日本の研究者として受け入れられ、常勤の京大の教授となり、研究費の心配が亡くなりました。

いつの日か、前野さんがアフリカのバッタ発生前の防除方法を発見したと新聞で見る日が来るのではないかと、わくわくします。

色んな研究者がいるものです。
ニュースでのコメンテータでも驚くような、研究者がおられます。
私には残念ながらそこまで没頭するものがありませんが、そういう方の本を読むのはとても楽しいものです。

表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬   若林正恭著

お笑いコンビ オードリーの一人、若林さんが著者。
息子がファンで読んでいたので、借りて読んでみました。

この本はキューバへの旅行記で、旅行記に与えられる斉藤茂太賞を受賞しています。

アメリカとの国交を回復したキューバが自由主義・資本主義社会になる前の社会主義の姿を見ることが、
この旅の目的の一つでした。
ではほかの目的は・・・?

資本主義国の街にひしめく看板は、人々の競争をあおり、それらを得ないと幸せになれないよと、語りかけているようだと若林さんは感じます。
自由主義国の自由とその中での不平等さ。(貧富の差など)
一方社会主義国ではどんなに努力をしても、同じものしか与えられず、着たい服も着られないという不自由さの中の平等。
どちらにもいいところ、悪いところがあります。
そのうえで、帰国して日本の衛生的な平和な良い部分を再認識します。
日本に疲れたら別の場所に行って骨休めをし、そして自分の居場所に戻る。
それが旅なのでしょうね。

若林さんにとって、お父さんは子供のころからのヒーローであり、世界で一番の味方であり親友でした。
そのお父さんが2016年に亡くなりました。
思いっきり悲しむための旅行だったのです。
そしてお父さんの行ってみたい国がキューバだったのです。

家族。
競争社会の原理の中で絶対的な味方。
僕が生まれて、親父が死ぬまで親父はずっと絶対的な味方だった。
親父がいなくなったらいったい誰に褒められればいいのだろう。
いったいだれに反抗すればいいのだろう。
若林さんの言っていること、痛いほどよくわかります。

送り火  高橋弘希著

2018年芥川賞受賞作。
受賞後、すぐに図書館に予約したら意外と早く借りられました。

父の転勤でいくつかの学校を転校してきた歩は中学三年生。
今回の転校先は青森の中三男子3人の学校。
その中で行われる表面的にはいじめに見えない残虐なゲーム。
歩は不信を覚えつつそこから抜け出せず、流されていく。
そして、いじめていた晃はかつていじめられていたことを知り、いじめられていた稔はいじめていた晃ではなく傍観していた歩を恨んでいたことを知り、なぜ自分が?と驚く。

子供同士のルールの中から抜け出せない、ホラー的な部分のある小説。
自分ではどうすることもできない環境。
誰にも相談できない環境。
そんな中におかれたとき、子供はどんどん追い詰められていく。
その子の意思や正義感があれば、という生易しいものではない。
自分を守るためには、正義感や優しさを捨てざるを得ない時もある。

でも何か方法はなかったのか?と考える、きれいごとでは済まされない小説でした。