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24時間テレビ

昨日、今日と恒例の24時間テレビをしています。

子供の頃、24時間テレビが始まったときはこんなテレビがあるのか、と驚きました。
24時間放映している事
寄付のためのテレビであること
司会者はじめたくさんの人が寝ずにテレビを作っている事。
感動して泣いたり、自分なりに障害や辛い立場にある人のことを考えながら見たものです。
芸能人に会えるかも、という下心も有り、東京に住んでいたら自分も寄付しに行くのにな、とテレビを見ていました。
成長するに従い、テレビをじっくり見ることは少なくなりましたが、ところどころ気になる特集は観ていました。

関東に引っ越しましたが、武道館で開催されており少し遠いのであまり身近に考えていませんでした。
でも今回は両国国技場ということで職場の近く。
で、暑い中行ってきました、
小銭を貯めていた瓶を持って。
大勢の人が集まっており、会場に入るには並ばないといけないとのこと。
夫も一緒だったのであきらめてお金の入った瓶を渡して戻ってきました。

24時間テレビ、賛否両論あります。
テレビの製作費を寄付したらいいのでは?
視聴率集めのお涙頂戴番組では?等々。
一方、
テレビを見て感動する人。
障害について考える人。
暑い中募金を持ってくる人。
アイドル目当てであったとしても、たくさんの人が日常考えないことを考えるきっかけになっているのは事実です。
24時間テレビの在り方が変な方向に行かないように気を付けつつ、続けてほしいな、と私は思います。

ただ、マラソンは意味があるのか疑問ではあります。
今年はそういう意見を考慮されてか、リレー形式にはなりましたが。
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続 出会いの有難さ

出会いの有難さ、続きです。

どこからどうそこにたどり着いたのか、あるブログに出会いました。
書いておられる方は私より少し先輩で、毎日毎日ブログを書いておられます。
そのブログは今日も頑張ろう、と思わせてくれるとても素敵なブログです。
おっかなびっくりコメントを書くと、お返事を下さるようになり、また私のつたないブログにもコメントを下さるようになりました。
そのご縁でほかの方のブログを読ませていただくようになり、その方々とも少しずつ交流させていただくようになりました。

また、ブロガーさんがはじめられたインスタグラムを読むために、またまたおっかなびっくりインスタをインストール。
そしてなんとなく自分でも投稿するようになってしまったのです。
ブログやインスタグラムを始めるようになるとは自分でも驚きです。

フェイスブックはしていますが、投稿はしません。
フェイスブックは知っている友達に読んでもらう一方、ブログやインスタグラムは友達がいない、書きっぱなしという気楽さがあります。

そしてブログやインスタグラムを投稿することが、毎日の暮らしに一つの色を加えてくれるようになりました。
ブログとの出会い、ブロガーさんたちとの出会いに感謝です。

卒運転・卒ゴルフ

父は84歳。
腰は曲がってきましたが元気に庭作り・野菜つくりに励んでいます。

この度、卒運転・卒ゴルフを決心しました。

父の運転であちこち家族旅行をしました。
最初わが家に黄色いサニーがやってきたときは嬉しくて嬉しくて。
ツードアで、よっこいしょと後部座席に5歳上の兄と乗り込みます。
夏はエアコンがないので窓全開。
風を感じながらキャッキャと兄弟げんかしつつのロングドライブ。
そんなことを思い出すとなんだか寂しい。
でも、これだけ事故が起こると何かあってからでは遅から。
おとうさん、これまでありがとう。

ゴルフは父の趣味。
毎回、ゴルフノートをつけ、ゴルフのためにストレッチと筋トレ、毎週の打ちっぱなし通い。
でも契約ゴルフ場が遠いこと、体力的な問題で車と一緒にやめることにしたようです。
お酒を飲まない父にとっての社交の場でもあったのに。
なんだかねえ。

寂しいなんて思っていても仕方がない。
これも生きていくうちでの順番であり、そういう時なんだと思うしかないのかな。
そしていつか自分にもやってくる。

おいしい野菜、綺麗な庭をいつまでも作り続けてほしい。
でも肥料と苗をどうやって買いに行くかという問題をクリアしなければ。
庭仕事をする父の後姿が思い出されます。
お父さん、がんばって!

話すことの大切さ

先に書いた母のことです。

母は父や兄への遠慮と、女性が家事をするものという固定観念で自分しんどさを伝えることが出来ずにいました。
毎日通勤時に10分ほど電話で話します。
その中で、母が倒れたら母も辛いし、父や兄が結局は大変なことになること。
冷静に(母は家族には熱くなりやすいところもあるので)自分の状況を話し、助けてほしいと言ったほうがいいこと。
男性が家事をすることは恥ずかしいことではないこと。
それより80過ぎた母がお米の袋を重そうに買って帰ってくるほうが、余程世間からは不思議がられること。
などなど数日にわたり話しました。

そして、父がきっかけを作り3人で話し合うことに。
兄も理解してくれて、土日の食事は基本的に兄。
母のおけいこのある月水の昼ご飯は父。
朝ご飯は都度臨機応変に。
そのほかは母が分担することになりました。

このことで母は気持ちがすごく楽になり、穏やかになりました。
とはいえ、まだこの形も始まったばかり。
またどんなひずみが出るかはわかりません、
でもその時はまた冷静に話し合って、形を変えていくしかないのでしょう。

自分の考えていることを分かってもらうこと、助けを求めることはとても大切です。

母の疲れ

両親は兄家族と完全同居。
母からすると孫たち3人は社会人、8大学生になり家を離れ、兄夫婦と父母の4人で暮らしています。

義姉(兄嫁さん)は8年前再発した乳がんが悪化し、最近ほとんど家で寝るようになりました。
私たちが巣立った後、母は体操、フォークダンスの習い事、お友達とランチやカラオケに行って自分の体調を考えながら外出して楽しんできました。
家事は義姉と分担しながら。
しかし義姉が立てなくなり、全家事が母にのしかかってきます。
母は82歳。
勿論、父や兄は手伝ってくれますが、手伝いの域を超えることはなく責任はどうしても女性に。

ここ数日、離れて暮らす母と電話でどうしたら負担が楽になるかを話してきました。
母の家事は女性がするもの、という考え方の根本的な見直しからしないといけません。
しんどい時はしんどいと声を上げ、父と兄に全面的に任せて行かないと母の体が持ちません。

兄は自営業なのでお昼ご飯も4人分。
お弁当を取る方法なども含めて。

『なんでこんなことになったんやろ?私が面倒見てもらうはずやったのに』と疲れてくると愚痴も出始めます。
原因なんてないのだから、今楽にする方法を考えていこう、と話しながら母が少しでも楽になり、元の明るい母に戻ってもらう方法を考えています。

勿論、義姉のことは心配ですが、母の心と体の疲れが心配です。