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卒運転・卒ゴルフ

父は84歳。
腰は曲がってきましたが元気に庭作り・野菜つくりに励んでいます。

この度、卒運転・卒ゴルフを決心しました。

父の運転であちこち家族旅行をしました。
最初わが家に黄色いサニーがやってきたときは嬉しくて嬉しくて。
ツードアで、よっこいしょと後部座席に5歳上の兄と乗り込みます。
夏はエアコンがないので窓全開。
風を感じながらキャッキャと兄弟げんかしつつのロングドライブ。
そんなことを思い出すとなんだか寂しい。
でも、これだけ事故が起こると何かあってからでは遅から。
おとうさん、これまでありがとう。

ゴルフは父の趣味。
毎回、ゴルフノートをつけ、ゴルフのためにストレッチと筋トレ、毎週の打ちっぱなし通い。
でも契約ゴルフ場が遠いこと、体力的な問題で車と一緒にやめることにしたようです。
お酒を飲まない父にとっての社交の場でもあったのに。
なんだかねえ。

寂しいなんて思っていても仕方がない。
これも生きていくうちでの順番であり、そういう時なんだと思うしかないのかな。
そしていつか自分にもやってくる。

おいしい野菜、綺麗な庭をいつまでも作り続けてほしい。
でも肥料と苗をどうやって買いに行くかという問題をクリアしなければ。
庭仕事をする父の後姿が思い出されます。
お父さん、がんばって!
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アンダーグラウンド  村上春樹著

地下鉄サリン事件で被害を受けた人、その家族、弁護士、医師など約60人の生の声を一年半かけて村上春樹さんが聞き取り、それを文字に起こした本。

この事件は1995年3月20日に発生しました。
テレビでニュースを見たときは、長男を出産した直後で、背筋の寒くなるような恐ろしさを感じたのを思い出します。

60人の中にはたまたまバスが早く着いたから、電車が5分遅れたから、たまたま研修会が東京であったから、いつも通り駅員としてまじめに働いていて・・・などなど人それぞれの状況で巻き込まれています。

あんな事件さえなければ、普通に生活できていた方たちが亡くなったり、後遺症で苦しんでいたり、周りに理解されない苦しみと戦っていたり。
関わった人たち全てが何らかの傷を負っています。

人が何かを起こそうとしたら悪いことでも簡単に起こせてしまう恐ろしさ。
普通であることの有難さ、つくづく感じました。

毎日、さまざまな事件が起きそれに巻き込まれる人がいて、悲しむ家族がいて。
次々と辛い事件が起こっています。
全部覚えていられないくらいの勢いで。

何をどうする力もありませんが、辛い思いをしている人たちがいることを忘れてはいけないと改めて思わせる本でした。

話すことの大切さ

先に書いた母のことです。

母は父や兄への遠慮と、女性が家事をするものという固定観念で自分しんどさを伝えることが出来ずにいました。
毎日通勤時に10分ほど電話で話します。
その中で、母が倒れたら母も辛いし、父や兄が結局は大変なことになること。
冷静に(母は家族には熱くなりやすいところもあるので)自分の状況を話し、助けてほしいと言ったほうがいいこと。
男性が家事をすることは恥ずかしいことではないこと。
それより80過ぎた母がお米の袋を重そうに買って帰ってくるほうが、余程世間からは不思議がられること。
などなど数日にわたり話しました。

そして、父がきっかけを作り3人で話し合うことに。
兄も理解してくれて、土日の食事は基本的に兄。
母のおけいこのある月水の昼ご飯は父。
朝ご飯は都度臨機応変に。
そのほかは母が分担することになりました。

このことで母は気持ちがすごく楽になり、穏やかになりました。
とはいえ、まだこの形も始まったばかり。
またどんなひずみが出るかはわかりません、
でもその時はまた冷静に話し合って、形を変えていくしかないのでしょう。

自分の考えていることを分かってもらうこと、助けを求めることはとても大切です。

母の疲れ

両親は兄家族と完全同居。
母からすると孫たち3人は社会人、8大学生になり家を離れ、兄夫婦と父母の4人で暮らしています。

義姉(兄嫁さん)は8年前再発した乳がんが悪化し、最近ほとんど家で寝るようになりました。
私たちが巣立った後、母は体操、フォークダンスの習い事、お友達とランチやカラオケに行って自分の体調を考えながら外出して楽しんできました。
家事は義姉と分担しながら。
しかし義姉が立てなくなり、全家事が母にのしかかってきます。
母は82歳。
勿論、父や兄は手伝ってくれますが、手伝いの域を超えることはなく責任はどうしても女性に。

ここ数日、離れて暮らす母と電話でどうしたら負担が楽になるかを話してきました。
母の家事は女性がするもの、という考え方の根本的な見直しからしないといけません。
しんどい時はしんどいと声を上げ、父と兄に全面的に任せて行かないと母の体が持ちません。

兄は自営業なのでお昼ご飯も4人分。
お弁当を取る方法なども含めて。

『なんでこんなことになったんやろ?私が面倒見てもらうはずやったのに』と疲れてくると愚痴も出始めます。
原因なんてないのだから、今楽にする方法を考えていこう、と話しながら母が少しでも楽になり、元の明るい母に戻ってもらう方法を考えています。

勿論、義姉のことは心配ですが、母の心と体の疲れが心配です。

出会いの有難さ

最近、出会いの有難さを感じることが度々あります。
何回かに分けて、書いてみたいと思います。

まずは時系列にランニング。
前も書いたかもしれませんが・・・

主人が仕事で心身ともに疲れていた時、気分転換に始めたランニング。
近くの公園を二人で走っていたら、年配の男性に声を掛けられ、今のクラブに入部。
そして走ることの楽しさと辛さを知り、1キロしか走れなかったのが6年かけてフルマラソンを走れるまでに。

花火ラン、お花見ラン、富士登山、芝桜ラン、アジサイランなどなど、自分たちだけでは経験できなかったことを経験させてもらいました。
トレイルという山を駆け巡るランニングの楽しさも知りました。

また、走ることを通して、クラブとは違う人たちと知り合い、ゆっくり走ったり歩いたり休憩したり、おいしいものを食べたりする、マラニック(ピクニック+ラン) にも出会いました。

近々エイドのボランティアも参加する予定です。

ランを通した関係なので、深入りはせずさらりとした人間関係なのも楽な要因の一つ。
だからこそ続けられるのだと思います。

どれもこれも新しい人たちとの出会いで、出会うことのできた宝物です。

平成くんさようなら  古市憲寿著

芥川賞確実か、と言われていましたが残念ながら取れませんでした。
社会学者の古市さんはコメンテーターとしてテレビに出ています。
社会を斜めから見ていて、時には言いにくいことを言ってくれてすっとすることもあります。
でも温かさがなく嫌な気分になることも。
どんな小説を書かれたのか、興味を持って読んでみました。

平成元年生まれの平成(ひとなり)君と彼女とのやり取りで進みます。
日本で安楽死が認められているという設定。
平成君は平成時代に大活躍しますが、平成の終わりとともに自分の時代は終わり、役目が終了ということで安楽死を考えます。
そこには隠された理由もあったのですが。

この本で出てくる安楽死はかなり軽い感じで書かれています。
ちょうど先日NHKでスイスで安楽死をした日本人女性のドキュメンタリーがありました。
自分の生命を自分で決める。
このことに賛否両論あります。
日本では積極的に議論されてはいない現状。
ただ、延命治療をするかの決断はできるようになりました。
両親の、夫の、自分の延命治療、安楽死を考える頻度が高くなってきました。
その時、今の気持ちのまま同じ判断ができるのでしょうか。
簡単な事ではないのでしょうね。